中国語は音声的側面を犠牲にして成立した言語だ、
との「思い込み」が世間、特に、日本で根強い。
しかし、現実をよく観察すると、「音声」から意味が導き出され、
息が何物にも阻害されなく出る母音と、
それをのど、舌、歯および歯茎、そして、
もっとも外側の唇など音声器官で
阻害させて発生する単音節群が形成されている。
地方による相違、個人によるその濃淡はあっても、
この漢民族独自の「単音節」発音体系は明らかに存在する。
こうした「音声から意味が流出する」という主張は、
不幸なことに、「根拠のない、わけのわからない」説として、退けられてきた。
漢語では、無数の音声上の違いがある「方言」があり、
「移ろいやすい」音声は「学問」的批判に耐え切れない、と言う。
そうだろうか。音声が歴史上、証拠として残りにくく、
少ないから、特に、独自の文字がなく、
それを「輸入」(のち「ひらがな」を開発)した日本人は、
逆に、「書き言葉(文字)」偏重に陥ってしまっているのは
歴史の皮肉としか言いようがない。
日本人は、長い間、文字がなく音声言語としてしか存在しなかった。
その後、漢字をその「書き記す手段」として取り入れた中で、
そこから離れ、できれば捨て去ろうという衝動に駆られる一方、
その書き言葉としての圧倒的体系の枠の中で、
「ひらがな」を主として、和歌や消息文で発達させ、
ついに、源氏物語のような散文まで作り上げた。
(以下略)