「明鑑傳」現代語訳
自序 明治二○年八月三○日
豹は死んで皮を残し人は死んで名を残すという。
又は男と生まれただ死ぬのなら禽獣と変わらないともいう。
これらは古人の志ある者の格言であるが、
そうは云っても格言通り実行できる人は大変稀であり、
たまたまそのような人がいても
世に認められず空しく死んで後世には伝わらない。
たとえ口頭で伝わっても誤りが多く、
しばらくすると全くの絵空事となる。
正しく伝わる人物は非常に珍しい。
一方書き記す場合は一事一業であろうとその成功があれば、
当時は勿論のこと千万年ののちまでも、
ほかの成功者と同様に史伝であるかぎりは、
身は朽ちても名は朽ちない。
自分は楽しく幸福なこの世に生まれ、
良いことも悪いこともしながら日月が積り重り、
はや一八年が過ぎた。
せっかく生を受け人生の種をまくべき時期を
無為に過ごせば成果は得られない。
自伝を書くなどは思いがけないことではあるが、
先聖は三人行えば必ず我が師ありと言っているように、
自分の来た道も後輩たちの戒となるであろう。
しかし自分は例えて言えば
大洋中の一分子に過ぎない動物であって、
さほどの文章は期待できない。
拙文ではあるが憶えているまま書き記すのであり、
別にグラント氏の自伝にはりあうわけでもない。
(以下略)