最初に母から本を出したいと聞かされた時、
私は半信半疑でそれを聞いていた。
確かに、昔に比べれば個人が本を出しやすくなったとはいえ、
やはりそれ程簡単なことではない。
しかし、既に原稿はできているというので、
取り敢えず私はその手書きの原稿をパソコンに入力することにした。
母の原稿は句読点や段落分けがあまりはっきりしないので、
そのあたりに気を付けながら入力したのだが、
入力しながら驚いたのは、
メモや資料など何もなくただ記憶に頼って書いたにもかかわらず、
昔の出来事が鮮明に描かれていたことである。
私がもし七十代になって昔のことを書こうとしても
おそらくこれほどは書けまいと思った。
母にとっては当時の、とりわけ戦中戦後の出来事が
それほど強く心に残っているということだろう。
(以下略)