狸騒動
五月の末の事である。
目の前に突然、一匹の狸が現れた。
それも昼日中、しかも我が屋敷内である。
余りの驚きにお互い暫くの睨めっこであったが、
そのうち狸はどこかに消え去った。
翌日もまた出会ったので、
今度は石を持って追いかけたが見失ってしまった。
聞けば、家内も見たと言う。
狸については自動車に轢かれていたとか、
トウモロコシ畑が荒らされたとかの噂は耳にしていたが、
よもや我が屋敷内で出会うとは、
まさに晴天の霹靂の思いである。と同時に何か厭な予感がした。
数日後、床下で変な音がしたので、
さては狸が、との直感もあったが、
床下には入れる筈はないとの否定感が先立った。
子供達が小さい頃、キャッチボールで床下の風窓格子三本を壊したのは知っていたが、
それは縦十二センチ、横八センチの小さなもので、
猫の子すら入らなかったものだから、気にも掛けずにそのままにしていた。
よもや狸が出入り口にするなどとは考えられなかったのだが、
その床下から狸が出て来るのを見たとあっては、
無関心でいる訳にもいかなくなった。
かつては十一人の大家族だった我が家も、
今では老母と家内との三人暮らし、いたって静かな生活である。
狸の奴、それを見越しての仕業であろうか。
すぐさま追い出してやろう、とも考えたが、
待てよ、果たして一匹だけなんだろうか、
もし子狸でも居れば、との思いもあって、
暫くは様子を見ることにした。
警戒心も働いたのだろう、なかなか姿を現さなかったが、
馴れるに従い毎日のように出歩くまでになった。
近隣の農作物に被害が出たという話も聞かないし、
食事の残滓が荒らされた気配もないので放って置いた。
(以下略)