Ⅰ ポッポとチッチ
「よく来てくれたね。あなたが来てくれたから、
ほら、ポッポやチッチも大はしゃぎ」彼女はそう言って、
番のセキセイインコが入った鳥かごをテーブルの上に置いた。
セキセイインコは、二羽とも淡い青緑の、
水彩絵の具を散らしたような色をしていたが、
身体の大きさがやや違った。
小さいのを〈ポッポ〉、大きいほうを〈チッチ〉と呼んだ。
二羽とも彼女の言葉どおりひどく興奮していて、
狭いかごの中でせわしなく羽をばたつかせている。
彼はあらためて部屋の中を見回し、息を呑んだ。
何体もの鳥や獣の剥製がガラスケースに収められ、
あるいは剥き出しのまま所狭しと置かれた異様な部屋だ。
それらの鳥や獣は、ただ単に動かず騒がずにいるだけで、
じっと息を潜めている気がした。気配や眼の輝きを感じた。
それら動かず騒がずのものに囲まれ、
二羽のインコの羽ばたきは不思議に見え聞こえた。
けれどもそれより不思議だったのは、眼の前にいる彼女のほうだ。
「それ、なぁに?」甘えるように片手を差し出し、彼女は訊いた。
彼女は、眼をうろうろさせている彼の、
持て余したような手の下にある文庫本を見ていた。
彼は慌てて、自分でもそれとわかるほど素っ頓狂な声を上げて訊き返した。
慌てたのは、手持ち無沙汰だろうと持ってきた『夢判断』とは関係がない。
田舎の兄から贈られた腕時計の行方を、なぜか急に思い出したからだ。
腕時計は画材道具を買うために、アパートの近くの質屋に入れていたのだ。
『夢判断』で左手首を隠すようにして彼は答えた。
(以下略)