1 暗い路
暗い路をひとり興奮しながら歩き、ようやくアパートの、
灯りのともされていない自分の部屋が見えたとき、
たった今まで歩いてきた路がこれまでの自分を、
歩いてきた路以上に暗そうな部屋が将来の自分を象徴暗示しているように思え、
上半身の興奮とは対象的な、ひどく疲れきった重い足を動かすのを止めた。
何時になるだろう腕時計を見ようとして左手を上げたが、
田舎の兄から贈られた腕時計は巻かれていず、
仕方なく重い足を持ち上げ、誰もいない部屋へと通じる階段を上った。
カンカンと鳴る鉄製の階段を踏む靴音が侘びしい。
Gパンのポケットから部屋の鍵を取り出し、
ふと横の郵便受けを見ると、一通の封書と四つ折にした一枚の紙片。
急いでドアを開けて蛍光灯をつけベッドに座り、
まず封書を開けた。差出人は田舎の兄だ──。
眼覚まし時計のカチカチが部屋の中に充満しているようだ。
封書をテーブル代わりにしているコタツ台の上に置き、二つの窓を大きく開けた。
射るような空気がなだれこんできた。
つい今し方アパートの前に立ったときの、
安堵とも悲哀とも知れぬ感情が込み上げてきたが、
今ここにこうしている自分はひどく滑稽な気もした。
泣きたいのか笑いたいのか自分にもわからなかったが、
その感情を堪えようと大きく冷たい空気を吸った。
胸の動揺が伝わるのか白い吐息が小刻みに震えた。
(以下略)