母が自作の歌集「段の虹」を自費出版したのは
一九九一年、還暦を記念してのことでした。
母が短歌を趣味にしていった過程については
「段の虹」のあとがきに本人が述べておりますので省きますが、
出版当時、既に結婚して家を出ていた私は「記念だから」と、
立派な化粧箱入りの歌集を受け取り、
読んでみてその質の高さに驚いた記憶があります。
同じ家で過ごしていた時は、価値観や生活感覚の違いにより時に衝突したり、
自分をまるごと受け入れてもらえないことに苛立ちを感じたりもしていたものですが、
母の作品を読んで母としてではなく、
「小平 サヨ子」という女性と初めて客観的に向き合えたような気がしたものです。
作者としての母は、とても素直で、童女のように純粋です。
母の歌の世界は決して広いものではありませんが、
日常の些細な出来事も情景も、母というフィルターを通すと、
たいそう透明で美しいものに見えてくるようでした。
母にとって歌を詠むことは日常の一部になっていて、
現役で仕事を続けていた父と孫を預かりながらの生活の傍ら、
新聞に投稿する他にも月に十首ほど友の会に提出したり、
友の会にも定期的に出かけての交流会があったり、
友の会の歌集の選者になった際には、
他の人の作品をも「読み、選び、評する」という責任ができたりして、
多忙を極めていたようです。
(以下略)