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自分史

想うがままに

作者 / 山本なを
サイズ:四六判
製本:ソフトカバー
ページ数:175ページ
カラー+モノクロ
発行日:2007年11月7日
内容紹介(一部)
関東大震災と私

ズズン・・・グラグラと来た。それは、大正十二年九月一日のあの恐ろしい関東大震災のはじまりである。 その日、父は病み上がりで家にいたので、
「昼ごはんの前にひと風呂あびてくる」
と言って、近くの銭湯へ行っていた。ひと風呂あびて上がったところで、ズズンと下から突き上げ、その後グラグラと大揺れが来たので、急いで番台の下に身を潜めたそうだ。おさまったところで、あまりにも大きな地震だったので思わず湯舟の方を見ると、湯舟のお湯がからっぽになっており、びっくりしたと言う。父は着物を抱えると急いで家へ戻った。母と私がいないので、
「母ちゃん、母ちゃんはどこにいるんだ」
と大きな声で怒鳴った。すると、お向いの家で私を抱いて、
「今のは大きな地震だったね」
と話し込んでいた母が、
「おとっつあん、ここだよ」
と出て来た。
「何だ、のんきにそんなことをしている場合じゃない。揺れ返しが来ると大きな地震になるから、早く家へ行って荷物をまとめるんだ」
と父に言われて、母は私を父に預け、家へ入ってまず私の物をとまとめ上げた途端、またグラグラと来た。これが本物。わずかばかりの包みを抱えると父と母は私を背負って、手に手を取って、駆け落ちならぬ逃避行。あちこちから火の手が上がって来る。その中を父は風上に向かって、山谷(その頃私達家族は、浅草山谷に住んでいたので)から上野の山へ向かった。
 風下へ逃げれば、本所の被服廠、そこへ逃げた人はみんな焼け死んだ。私達は父の機転で、“九死に一生”を得たようだ。その代わり、火に向かって逃げたのだから、その熱いのなんのといったらなかった。それに、あっちにもこっちにも、焼けただれた死体が転がっていて、見るに耐えなかったそうだ。
上野の山へ着いたら、もういっぱいの人で、山の上から見ると、本所、浅草方面が、どんどん燃えていた。山谷方面は、丸焼けになってしまった。夜になると、あっちこっちで、○○さ〜ん、○○ちゃ〜ん、と身内を探して名前を呼んでいる声が遅くまで聞こえていた。
 そうこうしているうちに、私が突然、
「お家へ帰ろうよ、お家へ帰ろうよ」
と泣き出した。
 父も母も、その時はじめて帰る所がなくなったと気がつき、思わず涙が出てしまったという。震災から何年か経って、近所の人達にその時の事を話しているのを聞いては悲しくなり、私は部屋のすみっこでシクシク泣いていたことを覚えている。(その頃どういうわけか、この話しを聞くと泣けてきた)。私は震災の時は、まだ三才(一才十ヶ月)だったので、何も覚えていなかったが、父や母が体験した話をもとに孫子の代まで(オーバーかな)記録に残しておきたいと思って書いてみた。