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自分史

航跡 ―わが人生―

著者 / 柴崎久男
サイズ:H198×W135mm
製本:ハードカバー
ページ数:162ページ(モノクロ)
発行日:2008年2月11日
価格:1,200円
ISBN:978-4-903935-03-4
内容紹介(一部)
養蚕農家に生れて

私は、大正七年九月一日、埼玉県大里郡桜沢村(現在は寄居町と合併し、埼玉県寄居町桜沢)で、父柴崎義一、母エイの次男として生まれた。
 当時、桜沢村はまったくの田舎だった。これといった特産物もない貧しい農村地帯にあって、柴崎家は代々農業を営んでおり、養蚕で成功し財産を築いた。
 一族の中で我家は本家と呼ばれ、村の有力者として一目置かれる家柄だった。祖父は、四十代の若さで亡くなったので、どんな人柄だったか私には記憶がないが、役場の収入役を勤めるほど優秀で人望の厚い人だったと聞いている。
 ところが、祖父の死後、跡を継ぐべき肝心の長男は、家を支えるどころか放蕩三昧を繰り返し、先代が築いた財産を遣い果たした挙げ句に家を飛び出してしまった。私の父は次男だったが、後は姉が一人と妹が三人だけで、男兄弟は他にはいない。そのため、やむなく父が跡を継ぐことになったのである。
 父は、その頃、他所で働いていたが、突然呼び戻されて、傾いた家を立て直さなければならなくなった。そうでなくても、大正末期から昭和の初期は、農家は大変な時代である。道楽者の伯父のせいで、父は相当苦労したようだ。
 そんなわけで、我家は決して裕福とは言えなかったが、祖母や両親の愛情には恵まれて私はすくすくと成長した。
 私には、三つ違いの兄と、二つ年下の弟がいたが、兄弟げんかをしたという覚えがない。三人とも元気で仲が良く、かくれんぼをしたりして遊んだものだ。
 私の子どもの頃には、家の中に大きな囲炉裏があったのを覚えている。囲炉裏というのは、どこか暖かい雰囲気がある。祖母と両親、兄弟みんなで囲炉裏を囲み食事をしたことや、冬になって誰かが訪ねて来ると、火を入れて、灰の上に足を乗せて話しをしたことが、今も懐かしく思い出される。ちなみに、祖母は六十代で亡くなったが、当時としては長生きの方だった。
 ところで、養蚕農家だった我家には、藁葺きの屋根で二階建ての大きな建物が建っていた。そこには、蚕を飼うための棚がずらりと並んでいて、私も小さい頃からよく作業を手伝っていた。
 蚕は、成長するにつれて、体が大きくなるが、年をとってくると逆に体がしなびてくる。繭を作る時期になると、今度は体が透き通り、元気がなくなってくる。そういう元気のなくなった蚕を拾い集め、竹で編んだ棚の上に並べるのが私の仕事だった。しばらく経つと、蚕はその上で糸を出し、繭を作り始める。出来た繭は、絹糸業者に買ってもらい現金収入にしていた。
 いずれにしても、その年によって、出来がいい時と悪い時があるので、養蚕で生計を立てるのは大変だった。
 さて、家を出てしまった道楽者の伯父であるが、寄居町で自分の母親ほどの年上の女性と一緒になり、ちゃっかり居酒屋を始めた。私は、子どもの頃、よく母が作った料理を
「おじさんの所へ持って行け」
と言われて、伯父に届けたものだった。
 遣いに行くと五十銭ほどのお小遣いがもらえるのが、ただうれしくて、父の苦労をよそに、私はいつも無邪気に伯父のもとへ走って行った。


わが人生に悔いなし

九十年も生きていると、本当に様々なことがある。私は、大正、昭和、平成と三つの時代を経験したが、今思えば激動の人生だった。
 航空兵にあこがれた少年時代も、戦争中軍艦に乗っていた時も、また学校在学中と戦後の混乱期も、高度経済成長期も、その時々を私はただ懸命に前を向いて歩いて来た。
 自分の夢を叶えるために努力もしたし、不安を感じながら果敢にチャレンジしたこともある。そういう意味で、私は自分の人生に悔いはない。
 息子たちもそれぞれ立派に自分の決めた道を歩み、良き家庭を築いている今、私には何も言うことはない。
 ただ、これから成長し、次代を担っていく孫やひ孫たちには、是非とも勉強だけはしてほしいと願っている。私は勉強するために、随分苦労もしたが、今は自分さえその気になれば、何でも自由にできる時代である。男女の別なく、生きていくためには、資格や専門的な知識を持っていれば、何か役立つことがあるものだ。
 人生という航海の途中には、どんな試練が待ち受けているかわからない。たとえ荒波が来て船を大きく揺さぶることがあっても、どうか強い意志を持って最後まであきらめずに乗り切って欲しい。
 それが、かけがえのない家族への私からのメッセージである。

※ と、ここまで書いて脱稿し、校正中の2月5日、我が家が火災にみまわれた。隣家より出火し類焼したものだが、幸い、当家は怪我人もなくすみ、消失部分もわずかであった。神仏に感謝したい。 まさに人生何があるかわからない―。